2021年1月29日
内閣総理大臣
菅 義偉様

日本カトリック正義と平和協議会
会長 勝谷太治

感染症法等の改正案への懸念

2021年1月28日、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)等の改正案が与野党で合意されました。日本カトリック正義と平和協議会は、この決定には以下の点で懸念があるので、政府に慎重な対応をお願いいたします。

一、まずなにより、感染症法等の改正案に盛り込まれた入院拒否の感染者に対する罰則は、感染者への差別や偏見を助長し、住民同士が互いに監視し合うといった分断を社会にもたらすことが懸念されます。

一、罰則は、これを恐れて検査を回避し、感染が潜在化するなど、感染防止にかえって障害となることが容易に想像されます。

一、罰則は、保健所や医療機関と受診者との間に本来保たれるべき信頼関係を壊す恐れがあります。また、ただでさえ多忙な保健所、医療機関は、罰則などの適用によって、さらに荷重な負担がかかることが想像されます。

感染症法は、ハンセン病患者の強制隔離という人権侵害を引き起こして1996年に廃止されたらい予防法、88年に成立し「差別を助長する」と批判され廃止されたエイズ予防法などの反省に立って98年に成立しました。同法前文には、「わが国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群(エイズ)等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」と記されています。
らい予防法が存在していた時代には、地域社会を感染症から守ろうというある種の「善意」や「正義感」によって監視や密告が行われ、それが患者の強制隔離という人権侵害に結びついた例も少なくありませんでした。感染者は何よりも守られるべき存在であるのに、刑罰は、むしろ感染者を犯罪者扱いし、社会から排除し、差別するよう、人々に促す働きがあることを、ハンセン病やエイズの差別を経験した私たちは忘れてはなりません。

政府にぜひ考えていただきたいことは、感染者の入院拒否が起こる背景に、一体何があるのか、ということです。まずは誰もが安心して入院できる医療体制および生活保障、病床数、医師、看護師などの医療従事者の数の拡充などの制度上の整備が必要です。また、新型コロナウイルス感染症に関する啓発も必要です。さらに、介護や育児などの再生産労働を軽視し分担しない社会や家庭の構造、病に対する日本社会特有の忌諱の感情などを、教育によって変えていく長期的な取り組みが必要です。

誰もが健康的な生活を望むことのできる社会は、罰則によっては実現しません。政府には、新型コロナウイルス感染症に対し、感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見という歴史の苦い教訓を活かした賢明な対応を、重ねてお願い申し上げます。

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