1982年7月30日
教科書問題についての声明

いま、文部省による教科書検定が国際的な問題になろうとしている。
すでに国内の世論の批判にもかかわらず、政府は一部の強硬な意見によって、教科書検定を一定の方向に誘導して来たことが、内外に明らかになった。これは、日本国癒法の主権在民、戦争放棄、基本的人権の三大原則を次代の国民の意識から遠ざけようとするものである。
たとえば、過去の戦争がアジア諸国、ことに中国に対する「侵略」であることは、明白な歴史的事実であるにもかかわらず、これを「進出」といい直し、朝鮮・台湾の植民地統治における民族的自主性の圧殺、収奪の歴史などをあえて覆いかくそうとしている。
また、ヒロシマ、ナガサキにおける原子爆弾による悲惨と非人道の現実を教科書の記述から削除し、沖縄戦における日本軍の行為は、軍隊が自国の住民を必ずしも守るのでないことを明らかにしているにもかかわらず、いまなお沖縄はかつての琉球処分を想い起させられるような戦略的位置に置かれていることが、正しく記述に反映されていないといわなければならない。
このような教育によって育てられる次代の国民は、自国が犯した過去の犯罪的事実に目をおおわれ、知識を阻害され、その歴史的視野をはなはだしく狭められ、国際社会の平均的歴史認織の中で孤立させられた国民となるであろう。これこそ、国 家と国民の一大不幸でなくてなんであろうか。われわれは、これが次代の国民の教育を預かる文部省の態度であってはならないと考えるものである。
それだけでなく、日本の政治の最近の「右傾化」現象は多くの国民の憂慮にたえないところであるが、今回の教科書検定問題が、政府の予想をこえて国際的問題となったことの背後には、アジア諸国の世論もまた、日本の「右傾化」が、もはや黙視の段階をこえたことを認識しているからであると考えられる。
アジアの諸教会との交わりによって、われわれも日本の「右傾化」が憂慮されていることを知っている。またわれわれは、かつて日本の諸教会が、政府の行為に追随し、あるいはそれを黙認することによって、あの罪深い第2次大戦に協力したわれわれ自身の責任を覚えるものである。
今回のアジア諸国の批判は、単なる「内政」問題として言いのがれることができないことは、明らかである。われわれは、文部省が、偏見を捨てて事実を直視し、過去に対する反省にもとづいた真実の教育を次代の国民のために決意することこそ、日本の真の国益に合致するものであることを考え、文部省にきびしい反省を求め、国際世論に誠実にこたえるべきことを要請するものである。右、声明する

日本カトリック正義と平和協議会担当司教 相馬信夫
日本基督教団総幹事 中嶋正昭
同教育委員会、社会委員会
靖国神社問題特別委員会
日韓連帯特別委員会
日本キリスト教協議会 靖国神社問題特別委員会委員長 大島孝一