1984年2月28日
建議書
内閣総理大臣 中曽根康弘殿
法務大臣 住栄作殿
自治大臣 田川誠一殿

カトリック司教協議会の社会の問題に関する事柄を担当する社会司教委員会は、内外の人権と福祉、社会正義と平和の促進に努めておりますが、特に、日韓両国民の信頼と相互の尊敬に基づく真の友好と和解は、日韓両国の揺るぎない平和のみならず、アジアの平和の基礎であることを確信し、宗教者の立場から、両国民の相互理解と平和のため微力を尽して参りました。
憲法の前文に述べられている通り、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した」日本国民として、先ず第一に率先して実践すべきことは、諸国民に対して信義と信頼と友情を積極的に示すことであることは論を俟ちません。これは世界平和に貢献するのみならず、平和によってのみその生存を保持できる、日本国自身の存亡にも関わることであります。
特に最も近い隣人である、韓国の国民との相互の信頼と尊敬に基づく友好関係の樹立は、日本国民が最優先事項として実行すべき事柄であります。「私が、あなたたちを愛したように、互いに愛し合え」というキリストの言葉を、日本のキリスト者は、韓国と日本の真の友好と信頼関係の樹立に全力を尽せよという具体的ないましめとして受け止めています。
ひるがえって、両国の歴史を顧みるとき、我が国の文化の黎明である飛鳥、天平の時代から、日本の文化は朝鮮文化の深い影響の下にあり、特に中世以後、製紙、陶磁器等の日常生活の各分野に至るまで、朝鮮文化の恩恵に浴して来ました。
然し、一方、遠くは豊臣秀吉による朝鮮侵略、近くは1910年より36年間、日本が朝鮮半島を植民地として統治した時代、さらに、戦前、戦中、戦後を通じて、強制連行、強制労働、弾圧、不法処刑、差別等の人権を無視した政策によって、多くの朝鮮人韓国人の兄弟姉妹に、不正と苦しみ、死までも与えて来た事実を、私達日本人は、正直に直視し、厳粛に受け止めねばなりません。
この不幸な歴史によって生じた、両国民の間の隔ての壁を乗り越えて、和解と友好の絆を打ち立て、真の平和を招来させるためには、日本国民の積極的な努力と実践が必要であることは明らかであります。
更に私達日本人一人ひとりは、この歴史的事実を正直に直視し、日本人全体がとりわけ在日韓国人朝鮮人兄弟姉妹に与えた不正の罪のゆるしを乞い、改心と償いの精神を心に刻みつつ、信頼と友好の関係の樹立に取り組まねばなりません。そのためには先ず、信頼と友好の関係の障害となるものを、注意深くかつ積極的に除去していかねばなりません。外国人登録法によって16歳以上の外国人に義務づけられて いる指紋押捺は、早急に除去さるべき、この障害の一つであります。
日本国民の住民登録には必要とされない指紋押捺が、在日韓国人朝鮮人に、人権侵害と差別、更に罪人扱いを受けたという侮辱感をもって受け取られていることは、 今月現在までに、指紋押捺拒否者が39名を越え、さらに増加しつつある事実によって明らかであります。また、そのうちの8人が、外国人登録法違反で起訴されることによって、内外の注目を集めています。特に韓国において、この問題に対して深い関心を示していることは、私達と信頼関係にある韓国カトリック者が示している関心からも確実に知ることが出来ます。在日韓国人の方々は、日韓両国民の間の信頼、友好関係という、日本の国際関係の建設にとっての最も重要な要であり、鎹であります。区区たる眼前の利害や取り締りまたは事務上の都合にとらわれ、我が国立国の基礎である、人権の擁護と平等、友愛の精神を損うことがあってはなりません。
終戦後の混乱の時代、密入国者が増加し、在日外国人の実態の把握の困難な1947年に外国人登録制度が施行された当時と比べ、日韓両国の正常な交流によって密入国者は減少し、登録業務の整備に伴って、在日外国人の実態はほぼ完全に把握されるに至ったと言えましょう。
ごく少数の違反者の取り締りを口実にして、多数の善意の人達の人権と尊厳が制度的に侵害されることは、許しがたいことであると共に、大きな視野から見れば、日本の国際上の信頼を確立する上で大きな損失であります。実際、指紋を必要としない、旅券、自動車運転免許証等において採用されている方法によって、本人の確認のため充分な方策を確立することが出来ると考えられます。
憲法が示す通り、「国際社会において、名誉ある地位を占める」ことを念願する国民として、在日外国人の取り扱いについては、細心の配慮をもって、その人格の品位を尊重し、誠実さと相互信頼の実を実際の手続きと行動の面において示すことは何よりも大切なことであります。
以上の意味において、一日も早く外国人登録法を改正し、指紋押捺制度を廃止されることを強く要望します。
又、同じ精神に基づき、外国人登録手続の簡素化と、外国人登録証常時携帯規定の廃止を要望します。

日本カトリック司教協議会 社会司教委員会
白柳誠一 田中 健一
石神忠真郎 伊藤庄治郎
相馬 信夫 佐藤 千敬
松永久次郎 濱尾文郎