1985年11月1日

部落解放基本法制定を求める署名について

カトリック信者の皆さん

+キリストの平和!
皆様ご承知のように、私たちの主キリスト様は、すべての人の救いをお望みになります。現代の社会には、天災、病気などだけでなく、飢餓、戦争、差別、抑圧などの悪がはびこっています。そして、その大部分は、私たちが作り出したもので、主キリスト様のお望みに逆らうことです。私たちは、自分たちの業を反省し、すべての人の救いを望まれる主とともに、救いの実現に積極的に努力しなければなりません。
ところで、特に日本の私たちにとって、部落差別問題があります。
被差別部落は、近世の為政者が、士農工商の身分制度を堅持するため、あえて身分外の人たちをつくり、武士階級の存続の基盤であった農民の不満をそらそうとしたことに端を発するといわれています。キリシタンも似たような扱いを受けましたが、かれらには宗教的理由がありました。しかし、被差別部落の人たちは、まったく為政者の政治的都合だけで人としての扱いを拒否されてきました。
1947年、いっさいの差別の撤廃と法の下の平等をうたった憲法が施行されましたが、被差別部落の実情は改善されませんでした。その後20年たって(1965年)やっと、部落差別は、憲法によって保障された基本的人権にかかわる国民的問題で、国の責任で解決に取り組まねばならない、という内閣同和対策審議会の答申が出され、この答申にもとづいて、1969年、『同和対策事業特別措置法』が制定されました。そして、生活環境の改善、社会福祉や公衆衛生の向上などを目的とした事業が始まりました。しかし、この法律は10ヵ年だけの時限立法だったため、充分な目的を達成できないうちに期限切れになり、3年間延長されました。それでも不十分だったため、今から3年まえに、5年間の期限つきで『地域改善対策特別措置法』という名称の法律が制定され、事業が継続されました。
この間、カトリック教会では、正平協の中に部落問題委員会を設け、この問題に取り組んできましたが、全教会をあげてこの問題を考え、解決に努力しているとはいえません。逆に、差別語を使う書籍があったり、「寝た子を起すな」的論議が聞かれたりしています。日本におけるカトリック教会の歴史と被差別部落問題との関係史もなく、現状把握すらできていません。
司教団は、昨年、『日本のカトリック教会の基本方針と優先課題』を発表しましたが、その中で自己と社会とを福音の精神によって変革することを私たちの基本方針の一つとして再確認しました。そして、司教団自らそれを実践すべく、今月、京都で被差別部落問題の体験学習を行う予定です。
前述のように、国や地方自治体の施策によって、被差別部落の環境はかなり改善されたということです。しかし、いわゆる「同和地区」に指定されていないところではまったく手つかずのままだそうです。しかも、住宅や道路がよくなっても、就職や結婚などにおける差別は根深く残っています。
そこで、環境などを改善する対策的な事業法を延長するのではなく、次の四つの部分から成る基本的な法律(註参照)の制定を求める運動が展開されています。第一は、部落問題の解決が国民的課題であり、国の賛任であることを明記した宣言法的部分、第二は、環境、福祉、教育などの改善を総合的に計画実施することを定めた事業法的部分、第三は、学校や社会における部落問題の正しい認識を広めるべきことを盛り込んだ啓発法的部分、第四は、部落差別を助長する身元調査活動などを規制するための規制法的部分です。
カトリック教会も加盟している『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議は、この部落解放基本法の制定を求める運動に正式参加しています。すでに、鹿児島から東京までの示威行進も行われました。
そして、署名運動をもすることになりました。
以上が、被差別部落問題とその解決を目指す法制定への運動のごくかんたんな説明です。
差別が福音の精神に反することは明らかです。しかし、差別の撤廃への具体的な道はいろいろあり得ます。現に、ある人は、現行の時限立法である『地域改善対策 特別措置法』の延長でよいとしています。
もちろん、署名をすればそれで済む問題ではありません。
私たちが、キリストの福音に照らしてわが身を振り返り、差別される側よりも差別する側にいることを認め、日常生活の中で、差別する自分と社会と戦うことが大切です。そして、この観点から、もし、被差別部落問題の解決のために「部落解放基本法」の制定が必要だとお考えになりましたらご署名くださいますようお願いいたします。
キリストのみ国が来ますように!

日本カトリック司教協議会
社会司教委員会
委員長 白柳誠一

註 わが国には『〇〇基本法』と呼ばれるものとしては、『教育基本法』『心身障害者対策基本法』『災害対策基本法』『農業基本法』など、すでに11もあります。
基本法が他の法律に比べて有利なのは、第一に、その問題が国にとってぜひとも解決しなければならないことを明らかにできる、第二に、その問題の解決のために、総合的な施策が必要なときに有効である、という点です。
(部落解放基本法制定要求国民運動中央実行委員会 『部落解放基本法の制定をめざして』より)